田中労務経営事務所  業務日誌

埼玉で社会保険労務士をやっています。日々の業務にまつわるあれこれを綴っていきます。

アインシュタイン語録

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"常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。"

 

常識とは、世の中でうまくやっていくために必要となる集団生活のための不足のない知識、標準であることの判断基準と定義できます。

集団行動の権化のような国民性を持つ日本人にとっては、必要不可欠な要素かもしれません。

 

それをアインシュタイン翁は「若年期までに経験してきた偏見に過ぎない」と言い切ります。

 

常識を疑え!というところでしょうか。

 

 イノベーションを起こすためには、常に常識を疑い、目的を達成するための障害や異なる方向からの視点を意識することが、とても重要です。

確かに、世間と折り合いをつけて当たり障りなく生活していくためには、「常識」の理解は不可欠です。これを理解し、適切に使えなければ「社会的不適合者」という扱いをうけることとなってしまうでしょう。

今生きている時代に、ある程度迎合することは、社会人として必要なことです。

 

ですが、常識とは自分の身の回りでのみ通用する狭い世界の概念であり、それ自体は全く普遍性を持ちません。

日本人の常識は世界の非常識だったりもしますし、江戸時代の常識は現代日本の常識とはかけ離れています。

だから、若年期に、きわめて狭い世界の中で通じた偏った知識なんてものは、真理を探求するものにとって取るに足りない偏見に過ぎないという認識はとても重要です。

 

 

正しい判断、真理の追求には「Good Sence = 良識」が必要となるのでしょう。

 

良識って難しいですね。

Good Sence

良識とは偏ることのない普遍的な知識であり、深く、幅広い知識が必要です。

そうした知識、知見をもって初めて何が適切で、健全であるかどうかを判断することができます。あるべき姿、本来の形、正しい在り方を知っており、それと今目の前になる事象が合致しているのか、そうでないのか、許容できるのか、間違っているのかを沈着冷静に判断する見識こそが「良識」であると考えます。

 

良識は普遍性を持ちます。

世の東西、時代の変化を問わず、正しいもの。

 

 

常識は世の中に迎合する知識ですが、良識ある人は不適切、不健全な世間とは対立します。

 アインシュタインは、良識あるが故の世界からの孤立を「甘美」であると言います。 tanaka-sr.hatenablog.jp

 

 

彼のような天才ではない僕らは世界と断絶して生きることはできないので、生活を維持していくためには、柔軟に、何とか折り合いをつけていかなければなりません。

 

常識の何たるかを知り、理解と寛容を保ちながらも常に良識の目を忘れず視野を広く取り、未知を切り開いていく。

そんな生き方をしていきたいと切望しています。