田中労務経営事務所  業務日誌

埼玉で社会保険労務士をやっています。日々の業務にまつわるあれこれを綴っていきます。

一人でも平気な人

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アルベルト・アインシュタイン(独: Albert Einstein、1879年3月14日 - 1955年4月18日)は敬愛する偉人の一人です。
 
 
 『私はいま孤独の中に生きています。若者には苦痛ですが、成熟した人間にとっては、甘美な孤独の中に。』
  というものがあります。
 
人間とは不思議な生き物で、「一人の時間」が全くダメで常に群れていないと安心できない人もいれば、わざわざ「一人の時間」を確保するために携帯電話も通じない遠くまで旅をする人もいます。
その違いを、これまでは性格傾向、「内向的」か「外向的」の違いに関わっていると考えられてきました。しかし最近、新たな研究で、そんなに単純には分類できるものでもないことが明らかになってきました。
 
 
実験では、被験者に15分間の「孤独な時間」を7日間過ごしてもらい、その後細かなアンケートにその時の体験について回答してもらうというものです。
その結果、俗にいう「内向的」な人が「外向的」な人よりも孤独を楽しんでいるわけではないことが明らかになりました。
一方、「自律傾向」という項目で高いスコアを出した人は、そうでない人と比べて孤独を楽しんでいる、というか、孤独に対してネガティブな思考を巡らせない傾向にありました。
 
 
この研究では「内向的・外向的」といった指標よりも、「自律傾向」という要素が「一人好き」かどうかを分けるものと結論づけられています。
自律傾向が強い人物は、他者からのプレッシャーに強く、自分の感情や個人的な体験からの学習に関心があります。そしてそのような人は、そんな「自らが自らに向けられた関心」への欲求を満たすために、孤独を楽しむことができるというのです。
 
 
また、どんな欲求で一人の時間を作るのかという「モチベーション」についての調査においても、「内向的」な人が「他者から逃げるため」といった「受け身」のモチベーションを内包しがちだったのに対し、「自律傾向」が高い人は「自分を高めるため」といった、より「建設的」なモチベーションを持っていたことが分かりました。

この研究はまだまだこれからのもので、これを持って普遍的結論とすることはできませんが、少なくとも「内向的・外向的」といった性格傾向が「孤独」と密接に関わるものではないということがわかります。
 
 
もし孤独な時間に大きな喜びを感じているのであれば、それは「内向的」なのではなく、「自律傾向」が高い人物であると言えるのかもしれません。
 
 
さて、アインシュタインのいう「甘美な孤独」とはなんでしょうか。
 
孤独をどう感じるか性格傾向によるものではなさそうだ、ということは上に書いた通りです。
そして、アインシュタインは間違いなく自律傾向の高い人物です。
 
島国根性」なんて言って自ら揶揄することもありますが、日本人は特に「みんなと同じ」「和をもって尊しとする」といったように、集合体への帰属意識が強い傾向にあります。
赤信号みんなで渡れば怖くない」なんていうギャグに「うん、うん」と共感してしまうのはそういうことですね。
 
ですが、アインシュタインの言う『成熟した人間』は、周りにおもねることなく、何が正しくて、何が正しくないのかを判断し、行動することができる人です。
 
「成熟した人間」は、「赤信号で止まることができる人」
それがこの世のなかにたった一人だったとしても。
 
自分の信じる道にのみ、従うことができるが故の孤独。
この孤独は甘美でしょう。
 
自分はそこまでの自律はできていないけれど、そんな人間に憧れます。