田中労務経営事務所  業務日誌

埼玉で社会保険労務士をやっています。日々の業務にまつわるあれこれを綴っていきます。

仕事中の事故賠償金 会社に請求可能(2月28日最高裁第2小法廷判決)

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仕事中に交通事故を起こし、被害者側に賠償金を支払った従業員が、賠償金の負担を雇用主に請求できるかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(草野耕一裁判長)は昨日28日、「請求できる」との初判断を示しました。

 

この判決、かなり注目していたのですが、やっぱりこういうことになりましたね。

 

裁判官4人全員(小法廷ですから)一致の結論で、「従業員は会社に対し、損害の公平な分担という観点から相当と認められる額を請求できる」と2審の判決を取り消して大阪高裁へ差し戻し(負担額算定のため)ました。

 

この事件、原告は運送大手福山通運のトラック運転手で、業務中に交通事故(死亡事故)を起こし、被害者遺族へ約1500万円の賠償金を支払っていました。そして、これと同等額の支払いを会社に求めたというのが今回の訴訟です。

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 出典:日本経済新聞

 

これまで、会社が被害者に賠償をし、当該賠償について当事者である従業員に求償するというのは認められてきました(茨城石炭商事件 最高判昭和51年7月8日)。

労働基準判例検索-全情報

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/209/054209_hanrei.pdf

 

これに対し、明確には規定されていない、いわゆる「逆求償権」というものが認められるのか、というのが争点となった事件です。

 

 

民法715条(使用者責任)は、被用者が仕事で第三者へ損害を与えた場合に、使用者も賠償責任を負うと定めています。

これは、従業員の活動で利益を得ているのだから、そこから生じる損害も同様に負担すべきというのが趣旨のものです。

 

判決では、「715条の趣旨からすれば、使用者は第三者に対する賠償義務だけでなく、被用者との関係でも損害を負担する場合があると判じ、従業員と会社どちらが先に賠償したかによって会社の負担が変わるのは相当でないと結論しています。

 

裁判の経過は次のとおり。

第一審(2017年9月)大阪地裁判決

雇用主も相応の責任を負うべきだとして逆求償権を認め会社に約840万円の支払いを命じる。

第二審(2018年4月)大阪高裁判決

本来は行為者である従業員が全額の賠償責任を負うべきとして逆求償を認めず、原告側逆転敗訴。

 

福山通運は、損害保険に加入しておらず、結果トラック運転手の女性従業員は保険による支援を受けられなかったというところが少なからず裁判官の心証に影響を与えている気がします。

実際、草野耕一裁判官(弁護士出身)と菅野博之裁判官(裁判官出身)は補足意見でこの点に触れ、会社が保険に加入せず自己資金で賠償するとしていたこと自体は経営判断として認めつつも、だからといって会社の負担が軽くなる(従業員のみが賠償に当たる)わけではないと述べています。

また、三浦守裁判官(検察官出身)はやはり補足意見で、運送事業者は許可を受ける際にすべての車両を保険に加入させる等十分な損害賠償能力を持つことが必要と指摘しており、このことは事故被害者救済だけでなく、従業員の負担軽減目的としても重要と述べています。

 

 

東京大学水町勇一郎教授は、労使どちらが先に被害者賠償をしたとしても内部分担は変わらないことを明示したとし、補足意見の中で保険加入等の責任を事業者が果たすことを求めた妥当なものと評価しています。

 

まあ、予想した通りとはいえ、中小企業事業主にとっては真剣に検討しなければならない判例となりました。

これまでも会社が所有する車両には十分な損害保険を掛けることをお願いしてきましたし、マイカーでの営業活動はできうる限り避けるようお話ししてきました。

しかし、これで改めて保険加入の検討、加入している保険の賠償金額等の見直し、社員教育の徹底などしっかりやらないと大きなリスクを負うことになりそうです。

 

資料を作成し、改めて顧問先の事業所に周知と注意喚起をしていこうと思います。