田中労務経営事務所  業務日誌

埼玉で社会保険労務士をやっています。日々の業務にまつわるあれこれを綴っていきます。

短時間労働者の厚生年金保険適用拡大

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働き方の多様化に伴う被用者保険制度の課題 厚労省保健局2018年12月18日

 

パート従業員など短時間労働者への厚生年金適用拡大に向け検討されてきましたが、政府は「従業員501人以上」から「50人超」に広げる案を軸として調整に入ったようです。

www.nikkei.com

 

短時間労働者に対する適用拡大は平成28年10月から特定適用事業所に対して既に行われており、その後の調査を見ると、政府が企図した一定の成果は出ているようです。

特定適用事業場とは、事業主が同一の適用事業所で、厚生年金保険の被保険者数の合計が1年で6か月以上、500人を超えることが見込まれる各適用事業所のことです。法人番号が同一の事業場の従業員は全て合算の対象となります。

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「一定の」といったのは、この時厚生年金保険に移行した人たちは、3号被保険者よりも1号被保険者が多かったという実態があるからです。

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働き方の多様化に伴う被用者保険制度の課題 厚労省保健局2018年12月18日

 

現在の制度では「第3号被保険者」という被保険者種別があり、保険料が無料となっていることから就業調整をしているパート労働者が多く、特定適用事業所に当たらない事業所ではもちろん、特定適用事業所でも更なる就業調整をして第3号被保険者を維持する方も見受けられました。

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働き方の多様化に伴う被用者保険制度の課題 厚労省保健局2018年12月18日

 

このような実態の中で、政府は「50人超」「20人超」「撤廃」といくつかのパターンを検討してきたようですが、50人超のラインで2020年の通常国会提出を目指しているようです。

 

確かに理屈としては企業規模要件があって加入・非加入が分かれるというのはおかしな話です。実際、厚労省が設置した有識者検討会は、報告書の中で「本来撤廃すべき」とまとめています。

 

それでも企業規模要件を残すのは、現在および将来への影響が大きいからですね。

現在の問題としては、

 ①中小企業の法定福利費負担が過重になる。

 ②協会けんぽ、健保組合の財政が悪化する。

ということが考えられます。

将来の懸念としては、

 ①年金給付が増え、持続可能な安定運営に影を落とす。

という懸念があります。

 

現在の保険料水準でも、中小企業にとっては折半負担がかなり重く経営を圧迫しています。良くも悪くも中小企業では「社会保険料がかからない労働力」「雇用調整弁としての労働力」としてパートタイム労働者をとらえているのが現状で、ただ単に法を変えて加入させろというだけでは日本経済に大きな支障が生じるかもしれません。

 

また、協会けんぽ等の財政悪化はどう調整するのか。

 

 

現在の仕組みでは厚生年金と健康保険は一体なので、厚生年金に加入すれば健康保険にも加入します。

結果、次の3つの流れが生じます。

 ①国民健康保険   ⇒ 健康保険

 ②健康保険被扶養者 ⇒ 健康保険

 ③国民健康保険   ⇒ 健康保険被扶養者

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働き方の多様化に伴う被用者保険制度の課題 厚労省保健局2018年12月18日

 

前に見たように、適用拡大により新たに被保険者となる層は、低所得者層が多いですから当然保険料は低額になります。

また、国保被保険者だった新たに被保険者となった人の被扶養者に移動してくる分については現状の制度では保険料がかかりません。

でも、こういった人々が医療サービスを受けるとその費用は変わらないのです。

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日本経済新聞

 

この推計のように協会けんぽが30億円の赤字を保険料にそっくり転嫁するということになれば、中小企業の負担は更に重くなります。

 

国民の老後の安定を図るのは大切なことですし、働き方改革で多様な働き方を受け入れる社会を確立するには社会保障の充実は避けて通れないことも理解します。

 

でも、無い袖は振れないのですし、社会保障拡充で経済崩壊となれば本末転倒の結果ともなります。

 

しっかりと検討してスキのない制度改正をしていただきたいですし、我々国民はその選択をきちんとし、そして結果を受け止めなければなりません。

 

社会保障の分野で社会保険労務士が何をできるのか。

よく勉強し、情報を収集して専門家としての的確な知見を醸成しなければならないと思いました。