リスキリングにどう取り組む
さて、リスキリング(Re-skilling)です。
先日こんな記事がありました。
「米アマゾン・ドット・コムは5月、社内研修プログラム「アマゾン・テクニカル・アカデミー」を77人の従業員が「卒業」したと発表した。倉庫作業員などが9カ月間の専門カリキュラムを受講。ソフト開発エンジニアに必要なスキルを身につけた。クラウドサービスの「AWS」など最先端の部署に配属され、給与も倍増する見通しだ。」
アマゾン社は2019年に「2025年までに約10万人の従業員のリスキリング(学び直し)を実施する」という方針を表明しました。
創業者のジェフ・ベゾス氏が掲げた「地球上で最高の雇用主」になるとの目標に向け、人材投資に合計7億ドル(約800億円)を投じます。
アマゾンがリスキリングに力を入れるのは、
1)社内格差の是正
2)低スキル職種から高スキル職種への人材の移動
という2つの目的から。
高スキル職種の労働者は、一般的に生産性が高いと言えますが、リスキリングを推進するということは生産性向上を目指した取り組みの一環といえます。
とすれば、諸外国から後れを取っている労働分野について働き方改革を行おうとしている日本においてはリスキリングをやらない理由はないとえるでしょう。
しかし、日本はこの分野においても大きく後れを取っています。
そもそもリスキリングってなんでしょうか。
リスキリングとは、職業能力の再開発、再教育を意味します。
新しい職業に必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを新たに獲得する教育と定義されています。
企業がリスキリングをするメリットは次のとおり。
・従業員の愛社心が強化される
・DXが進む
・イノベーションの種になる
・生産性が向上する
・人材の確保と定着
イギリスではポストコロナの経済政策として「ライフタイム・スキルズ・ギャランティー(生涯技能保障)」という試みを始めています。25億ポンド(約3,800億円)の予算を投入し、政府が成人に、プログラマーやITエンジニアになるための教育を無料で提供しています。
米国ではバイデン大統領が3月に発表した「米国雇用計画」において、成長分野での労働力開発に1,000億ドル(約11兆円)を投じる方針が盛り込まれています。
日本経済新聞より
一方日本では雇用保険に入っていない人向けの「求職者支援訓練」の受講者を5万人に倍増する等の政策を打ち出してはいますが、諸外国の取組に比べてあまりにも貧弱です。
そもそも、日本は職業訓練への公的支出のGDP比が0.01%(2017年)と主要国でも最低水準で、米国の3分の1、ドイツの18分の1にとどまっているのが現状で、民間頼りの状態です。
その反面、新型コロナ感染症対策として企業の休業手当を助成する雇用調整助成金に4兆円超が投じられており、雇用政策の力点はなお失業抑制に置かれています。
セイフティネットとして国民の生活を支えることはもちろん重要なことでありますが、出口政策としてコロナ後の経済発展を考えるなら、新時代に応じた人勢育成に向けた政策、予算投入を考えるべき時期ではないだろうかと考えます。
また、あまりにも手厚く失業抑制を行うがために休業させられて無為に過ごしている人がいる一歩で、人手不足に悩む事業所も多くあり、本来起こるはずの人材の流動化がせき止められていることを問題視する向きもあります。これはある意味、政府主導で雇用のミスマッチを引き起こし、維持してしまっているともいえ、雇用政策の難しさを端的に表すものです。
バブル崩壊以降、日本企業は固定費を下げようと非正規雇用の比率を高め人材投資を減らし続けてきました。2017~2019年度の職場外訓練と自己啓発支援への支出の合計は、労働者1人当たり年平均1万6千円にとどまっています。
その結果、本来日本が優位性を保ってきた高い技術水準の継承が分断され、今になってあわて始めていますが、優秀な人材の海外流失と相まって、世界最強を誇っていた日本工業界にかつての勢いはありません。
日本経済新聞より
世界経済フォーラム(WEF)は、2025年までにデジタル化の加速で事務職など8500万人分の雇用が失われるが、AI専門家など9700万人分の新たな雇用が生まれると予想しています。
リスキリングは、いま行われている仕事を身に着ける目的で行われるOJTと異なり、「今はここにはない新しい仕事」「今ここには行うことのできる人がいない仕事」を行うためのスキルの習得を目的としています。
リスキリングに取り組む企業はまだまだ少数です。
確かにコストがかかる割に即時結果のでるものではありません。
しかし、教育こそが富国の源ということは、古来先見の明がある先達たちによって唱えられ、実証されてきたことです。
現代においても先進国と発展途上国を分ける最も大きい違いは、教育を受ける自由が保障され、かつ分け隔てなく国民がそれを享受できているかどうかであると考えます。
これからの産業構造の変化と効率的な人材流動化に対応するためには、リスキリングはコストではなく、未来への投資と考えて、早急に取り組むべき課題であり、私たち労務管理を司る専門家としては、その重要性と実践を広めていく使命があると考える今日この頃です。