読後「ひよっこ社労士のヒナコ」
ネットで調べ物をしていたときに、水生大海の「ひよっこ社労士のヒナコ」という本を見つけました。
社会保険労務士を主人公にした労務ミステリー・・・ふむふむ、これは読んでみようかと、いろいろ検索した結果近所の書店に在庫があることを発見。早速買いに行きました。ネットの時代になると、こういう衝動買いがあるんですね。
水生大海先生
元漫画家で、2008年第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞で優秀作を受賞した「罪人いずくか(後に「少女たちの羅針盤」と改題)」でデビューしたとあります。
美人作家とも解説されてました。
「少女達の羅針盤」は、2011年に成海璃子、忽那汐里の主演で映画化されています。
監督は「西の森の魔女が死んだ」の長崎俊一。
この本自体は短編集です。
・五度目の春のヒヨコ
・綿菓子とネクタイ
・カナリアは唄う
・飾りより、灯りより
・空に星はなく
・握りたい手は
の6作品が313ページの中に納められています。
「五度目の春のヒヨコ」はサービス残業。
「綿菓子とネクタイ」はSNSテロ。
「カナリアは唄う」は産休・育休。
「飾りより、灯りより」は非正規従業員(派遣と正社員の軋轢)。
「空に星はなく」はパワハラ。
「握りたい手は」は裁量労働時間制。
それぞれ社労士なら一度は扱うようなトラブルをテーマに「日常の謎」を描いています。
うーん。
推理小説好きの社会保険労務士として読ませてもらうと、なんとも落ち着かないというか、カタルシスがないというか、なんとも言えない読後感が残りました。
そこまで悪くはない出来なんですが、主人公の朝倉雛子に感情移入できないんだなあ。
労働基準法なんて、一般の読者は学校の社会科で「労働3法」なんて限りでかじるだけだから、制度の簡単な解説が入るのは致し方なく、その辺は読み飛ばして済むのでその部分がどうしたっていうことではないのですが。
やはり、ヒヨッコ社労士なのに、上から目線で顧問先の人々に接するあたりが生理的に受け付けないんだろうなと思い当たりました。
この主人公、けっこう正義感が強い設定で、ついつい言わなくても良いことを言ってしまう。
社会保険労務士だって正義感は必要だし、遵法の意識を決して失ってはならないのは当たり前です。
なんだけど、僕個人としては「バランス感覚」が大事だと思うのです。
社労士は、事業主と従業員の間に入って適切なバランスをとる(公正な第三者)というのがいちばんの役割ではないかと考えているのです。
そういう点で、唯一「小説」として腑に落ちたのは「握りたい手は」かな。
僕の目指している仕事のやり方とそれがハマった時の達成感が端的に描かれていて、この作品が6番目に収録されていて少しだけ気分を持ち直しました。
まあ、ミステリーとしてみたときも、「日常の謎」を書かせたら米澤穂信とか北村薫とかとんでもない名手がいまして、読み比べてしまうと及ぶべくもないし、そのあたりは仕方ないですから期待していなかった分がっかりもしませんでした。
こう書いてきてしまうと酷評っぽいですけど、水生先生の名誉の為に言っておくと、それほど悪い作品ではないですので誤解のないように。
最近ブラック企業という言葉も日常の用語となってきましたし、バイトテロとかハラスメントとかその辺に転がっている、いつ誰に起きても不思議じゃないことになってきました。
それゆえ、一般の方が手軽に手にとって、「そんな理屈なんだぁ」とか「そんなふうに決まっているんだね」ぐらいに読むにはちょうど良いと思います。
続編も出ている(「君の正義は」)ので、そのうち読んでみようと思ってます。
でも、改めて「社会保険労務士が持つべき正義」ってなんだろうと考えてみるきっかけにはなりました。
そうやって考えると、なんでも読んでみるというのは大事なんですね。